認知症では、忘れても、忘れたことの自覚がありありません。これが老化に伴う通常の物忘れと決定的に違う点です。人は誰でも加齢とともに脳の機能が衰え、年相応の物忘れが見られるようになります。加齢による物忘れは、例えば「うっかり時間を忘れてしまう」「印鑑をどこにしまったか忘れて探している」などで、これは認知症の症状ではありません。
もちろん、認知症の初期には自分が忘れやすくなっていることの自覚があります。しかし、認知症になってしまうと、自分が忘れていることを自覚できなくなってしまうのです。記憶は、情報を学習して覚える(記名)、情報を記憶として蓄える(保持)、情報を思い出す(再生)の3段階からなっています。再生の機能が低下することで、覚えていることを思い出すまでに時間がかかるのです。
ですから、「友人と約束をしたこと」や、「印鑑をしまったこと」は覚えていて、『自分が忘れていること』には自覚があります。日常生活には支障なく、認知症のような症状の進行や、記憶以外の障害は見られません。記憶力は20代をピークに減退し始めますが、記憶力以外の能力は様々な経験や体験から学ぶことで50歳ごろまで伸び続けると言われています。60歳頃になると、記憶力と伴に判断力・適応力などに衰えが見られるようになり脳の老化が進行してくるのです。
認知症の症状による物忘れは、「約束したことを覚えていない」「印鑑をしまったことを忘れる」という『そのこと自体を覚えていない』という記銘力の低下によっておこることです。思い出せない以前に、覚えられなくなっているのです。ですから、「約束なんかそもそもしてない」「印鑑がない、盗まれた」と怒ることがあるので、対応には注意が必要です。認知症の物忘れは、自分の体験の全てを忘れてしまうので、自分自身で物忘れのエピソードを説明することができませんし、しません。自分の異常についての自覚がないので、正常な配偶者を反対に「おかしい」と言い出すことがあります。奥さんが、認知症のご主人に対して「いつもすぐに忘れる」などととがめると「こいつ、いつも俺に言いがかりをつけて、頭がおかしいんじゃないか」という具合です。認知症の人の感情は正常のままなので、よけいにそう感じてしまうといえます。
ですから、なおさら認知症の人が忘れることや間違い正してはいけません。認知症の人のそれらを治そうとしないことが重要です。つまり、忘れていることに周囲の人が気づいても、それを口にしないことです。認知症の人は、忘れることの自覚がなくても、「自分が以前とは違う」ことに対する不安は常に持っています。ですから、よけいに周囲の人は本人を不安がらせないよう努めなければなりません。