認知症の記憶障害は、通常の物忘れとは全く違います。認知症の初期に、自分にも物忘れがひどくなっている自覚があります。この状態を「軽度認知障害」といい、認知症の予備群とされています。健常者と認知症の人との間のグレーゾーンと言ったら分かりやすいでしょうか。認知症の初期症状という意味でつかわれることもありますが、本来は、認知症になる前の段階のことを「軽度認知障害」と呼んで、認知症とは区別しています。
認知症に移行する危険性は高くなりますが、軽度認知障害の人すべてが認知症になるとは限りません。軽度認知障害から認知症になる確率は、その原因を放置しておくと、認知機能低下が進み、5年間で50%の人が認知症に進行するといわれています。認知症を発症してしまうと、治療や投薬で進行を遅らせることはできても、ほとんどの場合は完治が難しいのが現状です。
物忘れというのは、ある場面の一部を思い出せないということです。たとえば、友人と数人で昼ご飯を食べに行きましたが、隣の席に座った人の顔は思い出せるのに、誰だったかの名前が出てこないとか、食べたことは覚えているが、料理がなんだったか思い出せないとかです。ですから、会話は「ほら、あの時のあの席に座った、あの人よ」とか、「食べたのは、あれだよね」「そうそう、それそれ」などといったやりとりになってしまいます。
しかし、認知症では、ある場面すべての記憶がありませんので、友人と昼ご飯を食べたこと、そこに行ったことのすべてが記憶されていないのです。そのために、物忘れの感覚がなくなるのです。したがって、この状態では物忘れを気にするようなことがなくなります。これが、よく言われる「自分の物忘れを自覚できるうちは認知症じゃない」ということです。忘れたことをまわりから指摘された時に、アルツハイマー型認知症では特有の対応をします。記憶ができなくなっても、その場の判断力は残っていることが多いので、言いのがれやとり繕いができるのです。
例えば、「お昼ごはん、まだ食べてないの?」と聞かれると「年寄りはあまりおなかがすかないのよ。」という具合に、実際は食べることを忘れていたのに、食べたとも食べてないともとれる返答をして、その場をやり過ごすのです。自分としては食事したかどうかわからない、でも聞かれたので何か答えなければならない、という気持ちが働いて無意識のうちに取り繕うわけです。「うまくごまかそう」と考えているわけではありません。この取り繕い反応によって、記憶障害が目立ちにくくなってしまうのも特徴です。明らかに忘れているのに、その場のとりつくろいをしていることに周りが気づけば、アルツハイマー病の早期発見につながります。