認知症の物忘れ

認知症は少しずつ進んでいきます。最初のうちは、自分でも物忘れがでてきたかな?という自覚がありますが生活上の支障がないため、さほど気になりません。家族や周囲の人たちも、当人の物忘れに気づくことがあると思いますが、頻度が少ないと、「またか、年だから仕方ないね」とやり過ごしてしまうことになります。

なので、それが少しずつ進んでいっても、生活上での困りごとにつながらないため、認知症という病気とは思わないことが多いのです。物忘れが進んだ結果最初に起こることで多いのは、いままでできていたことができなくなることです。乗りなれた電車やバスに乗り損なったり、降りそこなったりします。お金の計算ができなくなり、毎回千円札で買い物をするため、小銭がたくさんたまっていることもよくあります。

また、直前のことを覚えていないため、さっき言ったことを、何事もなかったようにくりかえします。そして同じことを何度も聞き返したりします。例えば、今日はカレーライスを作りましょうと材料を買ってきました。いざ作る段になると、買ってきたことを忘れて、それは私が買ったものじゃない、と言い始めます。「カレーを食べたいね」と言って買い物したことを、どんなに説明しても思い出せません。当人も自分の記憶がはっきりしないため、時間や周囲の状況もどこか曖昧な感じがして、不安になります。

このために周囲の人に何度も確かめて安心しようとします。認知症の人が同じことを何度もたずねるのは、単に忘れてしまうからという理由だけでなく、自信のなさや不安感の表れでもあるのです。散歩に出たら、帰り道がわからなくなってしまったり、自分から電話をかけたのに相手がでたとたんに、何の要件だったか忘れてしまったり、当たり前のようにできていることができなくなると、「自分はどうしてしまったのだろうか」と不安になります。

不安が高じて「もの盗られ妄想」などの行動になることもあります。だれかが、自分のだいじなものを盗んだと言うのです。「物盗られ」の被害にあうのは、認知症の人にとってそれまで最も気になっていた人です。ですから、女性の認知症では、お嫁さんやご主人が被害にあいます。「嫁が財布を盗んだ」という具合です。もちろん、だれも盗んでなんかいません。大事なものですから、当人がしまい込むわけです。でも、当人はそれをすっかり忘れています。

そして、大事なものがなくなったから、だれかがとったに違いない。いつも自分に敵意や悪意を持っていたはずの嫁があやしい。だから、嫁が盗んだということになるのです。実際、この程度になると認知症はかなり進んでいます。それでも、症状に合わせた有効な薬がありますから、早くから診察を受けることが大事です。